jump

 それゆえ幼児には、外形をもってまずよいことを鵜呑みにさせることが必要である。
 また私たちが知らないうちに彼が悪いことを鵜呑みにしていることを発見したならば、その好奇心を利用して、それと反対なことをまず鵜呑みにさせなくてはならない。
 しかし鵜呑みはどこまでも鵜呑みである。どんなによいことを鵜呑みにさせておいても、それが彼の一生を支配してゆく力はない。幼児時代から子供のもっているよい鵜呑みが、年とともにかれらの思いによって理解され、思想にまで信念にまで育ってゆくように助けなくてはならない。
 幼児の一面はまたただの本能そのものである。すなわちその本能的欲望をもとにして、彼らを育て導いてゆくよりほかはない。

 よい子に育ちたい、立派な人間になってほしい。それが人間の親と子の、天の父より与えられたもっとも根強い力である。どうすればよい子になるのか、ならせられるのか、それは親子の教えつ教えられつともに骨折ってする、授教育受教育の仕事である。もしこの方法にまちがいがあっても、上手下手があっても、よい子になろうよい人にしようとする二つの心は、人の希いでなく神の許しであることを信じて、本気に祈りつつこの仕事に従事するならば、人生のもっとも確かな楽しい事業は、じつに私たちのこの仕事である。

 私どもはいつでも子供の生命そのものに直面して、それが自分たちに要求するままに、すべてのことをしてやりたいのです。われわれの育児の知識は実に大切なその方向と手段を私たちに示してくれるものです。
 生まれたての赤ん坊に、母乳は最良の食物であることはわれわれの育児知識です。まず第一に赤ん坊がお腹のすいた様子をみせたときにあたえましょう。産まれて何時間目ぐらいという一般の標準もまたわれわれの育児の知識です。しかしまず赤ん坊の様子に注意しつつ、その持ち合わせの知識を応用するのです。そうしてその吸い方が力強ければ、また乳をもらった後でこころよく眠るならば、それはその最初の授乳が赤ん坊の生命の真の要求に応え得たものであるとわかってくるはずです。